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ふりむけば
自分は一体今までこの男のどこを見てきたのだろうかとぼんやり考えた。 多分きっと幼い頃から一番多くの時間を共に過ごしてきた男。 一番信頼を寄せている家臣であるはずのその男が。 今、自分の上に覆い被さっている。 ぎゅうぎゅうとベッドのヘッドボードに身体を押し付けられたまま。 カルセドニーは呆然とバイロクスの震える肩を見つめていた。 「何の真似だ」 思わず漏れたあまりに冷ややかな声に自分でも驚いた。 「……ッ私は」 カルセドニーの胸に突っ伏したまま、バイロクスが絞り出すように呟く。 体格差のせいもあってか、ベッドに突いた両手がだんだん痺れて来る。 この男がどんな顔をしているのかも気になった。 「顔を上げろ」 「いえ、申し訳ございません!」 「いいから、上げろ」 ふうとため息を吐いてバイロクスの膝辺りを蹴り上げると 大きな身体はごろりとベッドの下に落ちて、そのままうつ伏せた。 「おい」 「申し訳ございません、私としたことが」 「謝罪など要らん」 「……」 「理由を聞きたいと言っている」 ベッドから垂らした足を促すようにぶらぶらと揺らす。 まだ深く頭を下げたまま、こちらを見ようともしないバイロクスに焦れて カルセドニーもベッドを降りてしゃがみこむ。 「カルセドニー様、おやめください!」 「お前が悪い」 「仰る通りです」 「……バイロクスは何も分かっていない」 もやもやと胸の中に渦巻いていた感情に思わず声が震えてしまった。 膝にぎゅっと拳を当て、ぎりと奥歯を噛み締める。 「けれど僕も…私も分かっていなかった」 「カル様…?」 届き切らない腕をふわりとバイロクスの身体に回して、ぐいと引き上げる。 大きな背中のぬくもりはいつだって変わっていない。 無理な体勢でカルセドニーに起こされたバイロクスは慌ててその胸を押し戻そうとする。 「お、お辞め下さい」 「いやだ」 「カルセドニー様…」 「カルだ」 ふうと息を吐いて、カルセドニーは微笑んだ。 その顔を見たバイロクスは一瞬ぽかんとした後に、離した身体を抱き寄せる。 「……カル様…カル様!!」 堰を切ったように熱い感情をむき出しにして、バイロクスが自分の名前を呼ぶ。 カルセドニーの身体は、バイロクスの胸の中に軽く抱き込まれてしまう。 嵐のようだ、とぼんやり思った。 ぎゅうとぎゅうと抱き潰されてしまうのではないかと、苦笑する。 「苦しい、バイロクス」 「カル様!」 「分かったから、聞け」 なんとか伸ばした腕でトントンとバイロクスの背中を叩く。 「お前の気持ちなんてとっくに気付いていた」 二人はおかしい、とパライバに笑われたことを思い出す。 名前だけの婚約者である自分を姉のように見守ってくれた彼女は いつだって背中を押そうとしてくれていた。 お互いが気付かない振りをしていても仕方ない、と。 もっともバイロクスは気付いているかどうかも怪しいところはあったけれど。 カルセドニーはただ甘えてばかりだった。 ここまでバイロクスが追い詰められていることを分かってやれなかった。 先程カルセドニーが床に叩き付けた辞表が目に入る。 この男は、あんな紙切れ一枚寄越しただけで楽になれると思ったのだろうか。 フンと鼻を鳴らすと、バイロクスが青褪めた顔を上げた。 「私から離れられると思うのか」 「しかし…」 「そんな真似は許さないと言っている…ば、馬鹿が」 我慢していた声が上擦って、じわりと涙が溢れた。 思いと共に堰き止めていた感情が、どんどんと溢れ出していく。 「バイロクス……行くな」 「カル様…かしこまりました」 「…どこにも行くな」 「ずっとお側におります」 お互いに守れないと分かりながら、口にした約束が甘く胸に沁みる。 愛を言葉にするよりも、もっと深く、強く、響く。 ふりむけば其処にあったぬくもりをいつもよりずっと近く感じながら。 カルセドニーはそっと目を閉じた。 |