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ねむりにつく前に
似合わないとは、もう言われ慣れた。 大きな身体を丸めて、一針一針思いを込める。 針仕事をしながらその日一日を振り返るのはバイロクスの日課になっていた。 ゆらりと揺れるランプの光の中で、穏やかな時間。 オレンジに包まれた手元の小さな洋服にふと笑みがこぼれる。 「おい、バイロクス!!」 聞こえてきた声にふと手を止める。 「バイロクス!居らんのか!!」 甲高い声にはおよそ似合わない口調で自分の名が呼ばれる。 バイロクスは席を立ち、縫製室のドアから顔を覗かせた。 廊下の向こうから寝巻き姿の主が荒い足並みで迫ってくるのが見える。 「カルセドニー様、御用でしょうか」 ドアを閉め、廊下に出て恭しく頭を下げるとカルセドニーはバイロクスの前でぴたりと足を止めた。 「また此処か、何をやっている」 「何を、と申されましても…」 昼間、カルセドニーが中庭で転んで大きな穴を開けたパンツを繕っていたのだ、と。 正直に言うべきかバイロクスは首を傾げた。 「もたもたするな、行くぞ」 今、聞いたばかりの自分の質問にもまったく興味を失ったように カルセドニーはくるりと背中を向けた。 「話の続きだ!」 「は?」 「ねむり姫の話を聞かせてくれると言っただろう?!」 「!」 昨日の夜、眠れないと言ったカルセドニーに聞かせたおとぎ話。 いばらの森のねむり姫よりも、この小さな王子は先に眠りに就いた。 続きはまた今度、とこっそり囁いた言葉が耳に届いていたのかと面食らう。 カルセドニーは長い睫毛を震わせて、すとんと眠りに落ちていった。 思わずその丸い額にキスをしたことまでは。 まさか気付いているまい、とバイロクスは不安を吹っ切るように頭を振る。 「何をしている!早くしろ」 「今、灯りを消して参ります」 速まる鼓動に戸惑いながら部屋に入る。 繕ったものをまとめて手にし、ランプの灯りをランタンに移した。 自分にだけ見せるカルセドニーのわがままを心地いいと思っている。 出来ることならこれからも側で、自分だけが聞いていたい。 いつかカルセドニーが自分の意思で目的を掴むまでは。 支えていくのが自分の務めでもあり、荒れた日々を照らす希望だと感じている。 名前を呼ばれる度にじわりと胸に広がる感情は。 これからもずっと押さえていかねばならないものだ。 バイロクスはふう、とため息を吐いて廊下に戻った。 「遅い、行くぞ」 腕組みをして待っていたカルセドニーの背中をそっと押す。 「カルセドニー様、寝巻きで出歩かれたら風邪を引きます」 「うるさい、お前が居ないから悪いのだろう!」 かわいい小言に微笑みながら、冷えたカルセドニーの背中から肩を軽く擦る。 「これを着てください」 手にしていたペールブルーのガウンを肩にかけると、カルセドニーはぱっと顔を上げた。 やはりよく似合う、とバイロクスは自画自賛で目を細める。 「お前が作ったのか」 「もちろんです、さあ早くお部屋に」 「お前がいないと眠れないんだからな」 「ハイハイ」 威張ることではないだろうと思いながらも、笑みが零れる。 この不器用な少年の下で働けることを嬉しく思う。 ゆるんだ口元を見られないよう、顎を上げて歩き出す。 これからもいくつもの夜を。 この主がおだやかに眠る姿を見守っていけますよう。 薄暗い廊下を照らすランタンの灯りに揺れる金髪を眺めながら、バイロクスは祈った。 |