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moment 幼い頃から年上の人間にばかり囲まれ、親しい友人など作れるような環境でもなかったと思う。 そんなカルセドニーがシングと親しげに話しているのを見ると、とても不思議な気分になる。 ただあの田舎者はやはり少し礼儀がなっていない。 ぼんやりとそんなことを考えながら手酌で杯を重ねる。 カルセドニーの肩を抱いてはしゃいでいるシングをバイロクスはずっと見つめていた。 旅の途中で寄った酒場では、久しぶりにまともな食事にありつくことが出来た。 今晩は宿屋も兼ねているその店で、一晩過ごすことに決定している。 繁盛している割に、どこか穏やかな雰囲気は確かに悪くない。 店の中央に据えられた大きなテーブルを囲んでこちら側にコハク、ベリル、ペリドット、バイロクス。 向かい側にヒスイ、リチア、クンツァイト、シング、そしてカルセドニーが座る。 大人数で騒いでいるが、周りも似たり寄ったりの騒々しさで向こう側の声もよく聞こえない。 旅の者ばかりの店ではエメラルドの髪の少女を気に留める者もいないようだ。 もっともリチアはフードを被ったまま、護衛のような二人の間で隠れるように食事をしていたのだけれど。 それでもその顔は拍子抜けするくらい穏やかだ。 こんな時に、とは思わないでもないが、腹が減っては前には進めない。 シングは席に着くとすぐ、高らかに乾杯の音頭を取った。 慣れない寒さに凍えた身体も、北国の度数の高い酒にじんわりとほぐれて来る。 さも当たり前のように一行は宴を楽しんでいた。 「あらやだ、怖い顔」 隣で食事を摂っていたイネスがグラスを傾けながらバイロクスを覗き込む。 彼女の前には空になった皿が山のように積み上げられていた。 「元々こんな顔だ」 「あのおバカのスキンシップに深い意味はないわよ、心配しないで」 ふふと人の悪そうな笑顔で返事を往なして、イネスはグラスを傾ける。 先程から頬を染めることもなく、水のようにアルコールを摂取している。 仕方なくバイロクスは空いたグラスに酌をしてやった。 「心配などしていない」 「そうかしら?」 「まったくバイロクスはカル様を甘やかし過ぎなんだよ」 大きな溜息がイネスの隣から聞こえてきた。 同じく皿を積み上げたペリドットが、その上バイロクスの前の料理を取れと言い放つ。 食欲もなかったので皿を渡しながら、不満だけは訴えておいた。 「甘やかしてはいないだろう、隊長に対して当たり前のことしかしていない」 「どーこが!隊の仲間としてって言うならあたしはどーなのよ?!」 「ペリドットが嫉妬するのも分かるわあ」 「嫉妬なんかしてないっつーの!」 ドンとフォークを持った手でテーブルを叩いて、ペリドットが喚く。 「散髪だって裁縫だって、カル様の為に習いに行ったくせに」 流石に反論は出来ずに、無言でグラスを煽った。 「熱心なのねえ」 「熱心どころか気持ち悪いよ!もう!じれったくて死にそう!」 うがーと唸りながら髪を掻き乱して、ペリドットは急にテーブルに突っ伏した。 握り締めたままのジョッキをイネスが取り上げて、飲み干す。 普段からペリドットはこうしてやたらとバイロクスを焚付けるところがある。 お節介で世話好きな癖は、ちっとも変わっていないようだ。 その世話が間違っているとも言わないし、仲間に隠し立てするつもりもない。 かと言ってどうしろと言うのだ、とバイロクスは苦笑する。 ペリドットの乱れた髪を撫で付けながら、イネスはバイロクスに微笑みかけた。 目鼻立ちのはっきりとした美貌も、その笑顔の下の悪どさを隠すことは出来ない。 ペリドットにしても女性の鋭さには敵わない、と思う。 イネスも先程からバイロクスの想いを知っているという態で話をしているようだ。 一体、何を企んでいるのだろうかとバイロクスは眉を寄せた。 「ねえ、バイロクス」 「なんだ」 「あなた、その器用さは騎士なんかにしておくのもったいないわ」 「だからなんだ」 しな垂れかかってくる細い腕をやんわりとかわしながら続きを促す。 「この一件が片付いたら、ウチと契約しない?」 商人としての魂が疼くのか、イネスは妙に輝いた目でいきいきと話を続ける。 「この強面と作品のギャップはウケるわ、きっと!」 もう面倒になり、ぐいと捕まれた顎はそのままにして返事を返した。 「いや、私には任務がある」 「平和になれば騎士なんて無職も同然よ」 フンと鼻を鳴らしたイネスにむっとして言い返そうとした。 「そんなことは……」 けれど、その後は続かない。 それは、元々私設の騎士団である自分たちには厳しい一言だった。 確かに、平和な世の中になったとして、軍もその能力を取り戻したとして。 そう考えれば、自分たちの行く末にはぼんやりと靄がかかる。 「あるでしょ?」 「……ないとも言えない、か」 「もう〜すっかり物分かりよくなっちゃって!じゃ、考えておいてちょうだい!」 腕を取られ、ぎゅうぎゅうと身体を押し付けてくるイネスに面食らう。 バイロクスとて健康な成年男子であって云々と自分の中で言い訳を巡らせた。 ふわりとアルコールに温められた体温が、我を忘れさせるように誘う。 騎士としての仕事がなくなったとしても。 カルセドニーの側に仕えることを辞めようと思ったことはない。 それが例え独りよがりな思い込みだとしても。 バイロクスが仕える主はカルセドニーただ一人だ。 ぼうっと考えていたバイロクスの顔に突然、ぺちんと冷たい何かが当たる。 顔に触れたのは投げられたおしぼりで、飛んできた方向に目を遣った。 その先ではカルセドニーが席を立ち上がり、赤い顔でこちらを睨んでいた。 「バ、バイロクス何をしている、はしたない!」 「いえ、コレは!」 慌ててイネスの身体を押し戻すと、キャッとわざとらしい悲鳴が聞こえた。 カルセドニーに見えないように舌を出したイネスを睨み付ける。 「ペリドットも、起こしてやれ。まったく品のない奴らだ」 「は、申し訳ありません」 「カル何言ってんだよ〜!お前もっと飲めよ!」 絡んでくるシングに話を遮られて、カルセドニーは不満そうに腰をおろした。 バイロクスは席を立ってペリドットを起こそうと、肩に手をかける。 「おい、起きろ。ペリドット、風邪を引く」 ぐらぐらと肩を揺さぶっても、むにゃむにゃと夢の中からの返事しか返ってこない。 「部屋に運んであげたら?」 しれっとした顔でもう次のグラスを傾けていたイネスが二階を指差す。 誰もいないとは言え、女性陣の部屋に勝手に入るのは気が引ける。 力もあるイネスに頼んでもよかったが、身内の世話をそこまで頼むのもどうかと思い尋ねた。 「すまないが、手伝ってもらえるか」 「なにそれ、誘ってるの?」 「バカを言うな」 先程までの酔いに任せた気分はすっかり消え去っていて、イネスの冗談も軽くかわす。 ぐいとペリドットの腕を引き上げて、背中へ持ち上げた。 先に立ったイネスに続いて、狭い階段を慎重に二階へと上る。 踊り場で立ち止まり、くると振り向いたイネスがそっと小声で呟いた。 「ちょっと。見て、あれ」 顎でくいと指し示された階下の方を見遣ると、手摺の隙間からカルセドニーと目が合った。 思わずはっと息を飲む。 その瞬間、パッと逸らされてしまった頬はまたほんのりと赤かった。 「脈ナシって訳でもないんじゃないの?ずっと見てたわよ」 「うるさい」 酔いとは違う、ふわふわと浮ついた気分がバイロクスを包む。 どうして、こんなに。 かわいくて仕方がないのだろう。 主に対して抱く気持ちではないのだろうが、それは留まることはない。 どんな気持ちでも構わない。 彼の目が皇帝陛下から逸れたほんの一瞬だけでも。 独占欲、兄弟愛、それこそ玩具を取られるのが嫌だと言うならそれでもいい。 いつだって自分は彼に囚われたままなのだから。 「……顔、危ないわよ」 「余計なお世話だ」 呆れた顔のイネスに先を促して、背中のペリドットをぐいと持ち上げる。 階下に戻ったら、シングを追いやって隣の席を陣取ろうと考えた。 束の間の、宴だ。 無礼講で構わないだろうと、バイロクスは開き直って口元を緩めた。 |